同窓会活動のご案内

医8回~クラス会解散を機に~

回生 医8回~クラス会解散を機に~
報告者 村瀨 弘・保崎清人(医8・昭35卒)

 昨年、8回生クラス会をコロナ禍と高齢化のため解散しました。卒業以来62年、解散時の会員数23名、年齢は86歳以上でした。
 私共の入学は昭和31年、当時は学部からの入試でした。募集定員40名、入試倍率は57倍と難関でした。その入試願書提出の時です、驚きました。お茶ノ水駅から見える大学敷地は草ぼうぼうの荒れ地、そこにはポツンと木造2階建ての兵舎が2棟建っているだけ。敷地の向こうの湯島通りを走る都電、自動車がはっきりと見えました。入学してみますと、その2棟が医学部病棟で、教室等は全部歯学部に間借り。8階建ての第1病棟竣工は卒業前年でした。
 私共のクラス会も最初は普通の懇親会でしたが、ボツボツと会員が亡くなるようになり、「お花位贈っては」との話になりました。そのために平成16年、「クラスメートの死去に際して「生花1基を供花する」、「このための基金を設け、連絡網を作る」ことを申し合わせ、幹事を固定し、年1回の例会としました。その後生花7基、弔電1通をお送りし、また例会もコロナ禍迄16年年間欠けることなく開催し、その際に全員の「近況報告」を作成し、欠席者にも配布しました。
例会は学生時代の雰囲気そのままに会話が弾み、出席も良好で16年平均の出席率は49%、最後の令和元年でも10名・41%でした。
 会員が70歳以上になった平成19年に職業調査を行いました。会員28名中、常勤16名、非常勤9名、名誉職2名で、引退は1名でした。また会員からは教授9名(本学4、筑波2、自治、独協、埼玉各1)とほぼクラスの4人に1人が教授に就任しております。働き者かつ優秀なクラスだったと思い返されます。
 我々8回生の入学時は、母校もゼロから出発の時代でした。その後母校は発展に発展を重ねています。今はお茶の水駅ホームからは、壮大な大学建物しか見えません。母校及び同窓会のますますの発展を祈念します。                平成4年11月

参加者

〇参加者(敬称略)平成24年10月撮影
後列左より:木下一郎、大島博幸、平賀正純、斎藤 博、高山昇二郎、河野邦雄、野村節夫、村瀨 弘
前列左より:長束 裕、木村 隆、保崎清人、滝田 斉、奥森雅直、大野貢治、天野和彦

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